
古いMeta Quest 2を引っ張り出してきて、VRの中に開発環境を作ろうとした。結論から言えば、まだ早い。でも「まだ早い」の中身に、確実に未来の輪郭が見えた。
USB一本から始まる
Meta Quest 2の正体はAndroidベースのスタンドアロン端末だ。MacBookからUSB Type-Cで接続し、ADB(Android Debug Bridge)経由でシェルに入る。adb shellを叩けば、ヘッドセットの向こう側にあるLinuxカーネルが応答する。VR空間ではなく、素朴なコマンドラインだ。
ここにTermuxをインストールする。Android上で動くLinuxターミナルエミュレータで、Python、Node.js、git、sshなど基本的な開発ツールが一通り入る。Quest 2の中に、最低限のLinux環境が立ち上がる。
Bluetoothキーボードでコードを書く
VRコントローラーで一文字ずつ打つ仮想キーボードでは何もできない。Bluetoothキーボードをペアリングすると状況は一変する。視界いっぱいに広がる黒いターミナル画面に、手元のキーボードから文字を流し込む。物理的には自分の部屋にいるのに、目の前には無限に広がるモニターがある。
ここにClaude Codeを入れた。Node.jsの環境を整えて、npmからインストール。VRヘッドセットの中でAIと対話しながらコードを書く——2026年の春に、それは技術的に可能だ。
日本語という壁
最大の問題は日本語入力だった。Termux上にはIMEがなく、Androidの日本語キーボードはTermux内部では動作しない。fcitxなどの入力メソッドフレームワークをビルドするか、Termux:APIでAndroid側のIMEをブリッジするか。「普通」ではない環境構築が必要で、VRの中で日本語を打てる状態に持っていくこと自体がひとつのハッキングだ。
Wi-Fi ADB(ワイヤレスデバッグ)にも壁があった。ルーターのAP隔離が有効だと、MacからQuest 2にWi-Fi経由で到達できない。ケーブルから解放されるはずが、ネットワーク設定の壁に阻まれる。
そして、身体が拒否する
環境構築を終えて実際にコードを書き始めると、すぐに気づく。文字が辛い。
Quest 2の解像度は片目1832×1920。ターミナルのフォントを実用サイズにすると輪郭がにじむ。英語のモノスペースならまだしも、日本語の漢字は確実に潰れる。そして30分を過ぎると、ヘッドセットの重さが顔に来る。前面に重量が集中したQuest 2は、額と頬骨への圧迫が次第に耐えがたくなる。
ソフトウェアをどれだけ工夫しても越えられない壁が二つ。ディスプレイの解像度と、装着の快適さ。このふたつが解決されない限り、VRは「開発環境」にはなれない。
でも、未来は見えた
悲観的に聞こえるかもしれないが、実感は逆だ。
VR空間にターミナルが浮かんでいて、AIが応答してくる。その体験の核にあるのは「空間の中にいながらテキストと対話する」という、ディスプレイとは根本的に異なるインターフェースの萌芽だ。Quest 3で解像度は上がり、Apple Vision Proは片目4Kを実現した。あと数世代で「VRの中で長時間テキスト作業をする」ことは現実になる。
そのとき、27インチのモニターもデュアルディスプレイも要らない。視界に好きなだけウィンドウを配置し、AIと協働して書く。ヘッドセットひとつで完全な作業空間が出現する。
古いQuest 2をハックして見えたのは、その未来までの距離だった。文字はにじみ、顔は痛くなる。でも「まだ」は「もう少し」に変わりつつある。そう遠くはない。