分断の時代に響く和解の物語
「絶対にあり得ない」と世界が断言した兄弟の和解が、なぜ今、これほどまでに必要とされたのか
2025年7月4日、不可能が現実になった瞬間
二〇二五年七月四日、カーディフのプリンシパリティ・スタジアムに、七万人の息遣いが収束した。世界百五十八カ国から集まった人々が、ただ一つの瞬間を待っていた。十六年間、絶対に訪れないと思われていた瞬間を。
ステージに二つの影が現れたとき、スタジアムは歓声に包まれた。だが、その歓声は次の瞬間、別の何かに変わった。ノエル・ギャラガーとリアム・ギャラガー。兄と弟が、肩を組んで立っていた。翌日の公演では、二人は手を繋いで登場し、互いに頭を下げ合った。世界中が「絶対にあり得ない」と断言していた光景が、そこにあった。
「美しき人々よ。しばらくだったな」
リアムの第一声は、どこまでも簡潔で、どこまでも雄弁だった。そう、しばらくだった。十六年という時間は、確かに長い。だが、待っていた者たちにとって、それは永遠にも等しい時間だった。
ロック史上最も有名な兄弟喧嘩――2009年8月の決裂
Oasisの解散劇は、ロック史上最も有名な兄弟喧嘩として記憶されている。二〇〇九年八月、パリでのフェスティバル直前、楽屋での口論が引き金となり、ノエルはバンドを去った。「もうこいつらとは一緒にやっていけない」という声明は、冷たく、決定的だった。それ以来、二人は公の場で激しく罵り合い、インタビューでは互いを貶め、ソーシャルメディアでは毒のある言葉を投げ合った。ファンは「再結成はあり得ない」という現実を、何度も何度も突きつけられてきた。
しかし、彼らは戻ってきた。そして、ここに重要な問いが浮かび上がる。なぜ、今なのか。なぜ、世界中がこれほどまでに熱狂するのか。
答えは、私たちが生きる「分断の時代」にある
答えは、私たちが生きる時代そのものにある。二〇二〇年代の世界は、分断の時代だ。政治的イデオロギーの対立、世代間の断絶、価値観の衝突。ソーシャルメディアは人々を分極化させ、共通の土台を見出すことはますます困難になっている。家族の間でさえ、修復不可能な亀裂が走ることは珍しくない。私たちは、和解よりも断絶を、対話よりも対立を選ぶ世界に生きている。そんな時代に、ギャラガー兄弟は手を繋いだ。
和解に雷鳴のような瞬間は必要ない――静かな変化の積み重ね
彼らの和解に、劇的な啓示があったわけではない。公式声明は淡々と、「時が来たという認識が徐々に広まっただけだ」と述べている。この控えめな表現の中に、実は深い真実が隠されている。和解とは、しばしば雷鳴のような瞬間ではなく、静かな、ほとんど気づかないような変化の積み重ねなのだ。プライドを少しずつ手放すこと。相手の立場を想像すること。過去の傷を、完全には癒えなくとも、共存可能なものとして受け入れること。
「変わる必要はない。ありのままで、もう一度始めればいい」
再結成ツアーの初日、現地で取材したジャーナリストは涙を流しながらこう書いた。「再結成したOasisは、私たちの青春の風景を全く壊さないでくれた」。演奏された二十三曲は、ほぼ完全にオリジナルのアレンジを踏襲していた。そこに込められたメッセージは明確だった。変わる必要はない。ありのままで、もう一度始めればいい。
この「原点回帰」という選択には、深い意味がある。多くの再結成バンドは、過去を「アップデート」しようとする。新しいアレンジ、現代的なサウンド、より洗練された演奏。だがOasisは違った。年齢を重ね、経験を積んだ二人が、あえて一九九〇年代の自分たちに戻った。そこには、「過去の自分たちこそが正しかった」という肯定があり、「若さゆえの粗削りさも含めて、それが私たちだった」という受容がある。
そして何より、そこには「お前とやっていた時が、最高だった」という、言葉にしない告白がある。
互いを必要としていた――音楽的必然と人間的必然
ノエルの楽曲とリアムの声。この組み合わせは、単なる音楽的相性を超えた、化学反応だった。ノエルはリアム以外の誰も歌えない曲を書き、リアムはノエルの曲でしか真価を発揮できない声を持っていた。彼らは互いを必要としていた。それは音楽的な必然であり、おそらく人間的な必然でもあった。だが、認めることができなかった。十六年間、認めることができなかった。
1000万人が求めたのは「和解は可能である」という証明
チケット販売開始時、世界中から一千万人以上が殺到し、サーバーはパンクした。これは単なる懐古趣味ではない。九〇年代のノスタルジーだけでは説明できない現象だ。人々が求めていたのは、「和解は可能である」という証明だった。「どれほど深い傷も、時間と意志があれば癒える」という希望だった。
ファンの一人は、公演前にこうつぶやいていた。「再結成までに兄弟喧嘩が起きたらどうしよう」。この不安は、世界中で共有されていた。発表から初日公演まで、約十一カ月。その間、誰もが固唾を呑んで見守っていた。また決裂するのではないか。また罵り合いが始まるのではないか。
だが、彼らはやり遂げた。肩を組み、手を繋ぎ、互いに頭を下げた。ステージ上で、二人は再び兄弟になった。
和解は敗北ではなく、最も勇気ある選択である
現代社会において、和解は敗北と見なされることがある。謝罪は弱さの表れとされ、妥協は信念の欠如と受け取られる。ソーシャルメディアは対立を煽り、「勝つか負けるか」という二項対立を強いる。だが、ギャラガー兄弟は、和解が最も勇気ある選択であることを示した。
彼らの和解は、完璧ではない。リアムは依然として衝動的で、ノエルは相変わらず皮肉屋だ。インタビューでは、時折昔の棘のある言葉が顔を覗かせる。だが、それでいいのだ。和解とは、違いをなくすことではない。違いを認めたまま、共に在ることだ。
「俺たちはお互いを必要としているから」――言葉が真実になる時
再結成公演で演奏された「Acquiesce」という曲には、こんな歌詞がある。「俺たちはお互いを必要としているから、お互いを信じているから」。ノエルはかつて、「みんながこれを俺たちのことだと勘違いしているが、違う」と否定していた。だが今、二人でこの曲を歌うとき、それが誰のことを歌っているのか、もはや明白だ。
10月25日・26日、東京ドームで私たちが見たいもの
十月二十五日、二十六日、彼らは東京ドームに立つ。二〇〇九年のフジロック以来、十六年ぶりの来日だ。日本のファンもまた、世界中のファンと同じ思いを抱いている。彼らを見たいのではない。彼らが「共に在ること」を見たいのだ。分断を乗り越え、対立を超え、傷を抱えたまま前に進む姿を見たいのだ。
これは音楽イベントではなく、この時代に最も必要な物語
Oasisの再結成は、音楽イベントではない。それは、この時代に最も必要とされている物語だ。血を分けた兄弟でさえ、十六年もの間、互いを拒絶し合うことができる。そして同時に、血を分けた兄弟だからこそ、どれほど時間が経とうとも、再び手を繋ぐことができる。
分断の時代に生きる私たちは、日々、小さな断絶を経験している。友人との些細な行き違い。家族との価値観の相違。同僚との意見の対立。そのたびに、私たちは関係を修復するより、切り捨てる方を選びがちだ。なぜなら、和解は面倒で、プライドが傷つき、時間がかかるからだ。
16年でも、遅くはない――証明された真実
だが、ギャラガー兄弟は証明した。十六年でも、遅くはないと。世界中が「不可能だ」と言っていても、できると。そして何より、戻る場所は、いつだってそこにあると。
カーディフの夜、七万人が「Don't Look Back in Anger」を大合唱した。「怒りを振り返るな」という、あまりにも有名なこの曲が、今、新しい意味を帯びている。過去の怒りに囚われるな。前を向け。一緒に歩け。
ステージ上で、ノエルは最後にこう言った。「ありがとう、美しき人々よ」。リアムは付け加えた。「また会おう」。
希望はまだ死んでいない――私たちもまた選ぶことができる
希望は、まだ死んでいない。それは、カーディフのスタジアムで、マンチェスターの公園で、ロンドンのウェンブリーで、そして間もなく東京のドームで、何万という人々の歓声として生き続けている。
分断を嘆くことは簡単だ。対立を前に諦めることも簡単だ。だが、Oasisは、最も困難な道を選んだ。和解という、最も勇気ある選択を。
そして私たちもまた、選ぶことができる。断絶ではなく対話を。拒絶ではなく受容を。孤立ではなく共存を。
ギャラガー兄弟が手を繋いだあの瞬間は、単なるロックバンドの再結成ではない。それは、この時代への、静かだが力強いメッセージだ。どれほど深い傷も、時間をかければ癒える。どれほど遠く離れても、戻る道はある。そして何より、一人では決して到達できない場所に、二人なら辿り着けるのだと。
希望はまだ死んでいない。それは今、世界中のスタジアムで、何万という人々の合唱として響いている。「Live Forever」――永遠に生きよう、と。
