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NARUTO、呪術廻戦にみるAKIRAの残滓

はじめに――少年漫画に刻まれた予言の書 大友克洋の『AKIRA』が1982年に連載を開始してから40年以上が経過した。しかし、この作品が日本の少年漫画に刻んだ傷痕は、いまだに癒えることなく、むしろ時を経るごとに深化している。『NARUTO』『呪術廻戦』という…

なぜ今バナナフィッシュが再評価されているのか? 原作を振り返る

2018年のアニメ化を契機に、吉田秋生の『BANANA FISH』が新たな読者層を獲得し、再び注目を集めている。1985年から1994年にかけて『別冊少女コミック』で連載されたこの作品が、なぜ30年以上の時を経て現代の読者の心を掴んでいるのか。その理由を探るには、…

絶望の光と祝福の光——村上春樹とパウロ・コエーリョが教えてくれたこと

書物との出会いは、人との出会いに近い 書物との出会いとは、人との出会いと近いのかもしれない。ある本が人生に現れるタイミングには、必然としか言いようのない不思議な符合がある。それは偶然の産物ではなく、むしろ読む者の内的状態と外的世界が共鳴する…

細田守『果てしなきスカーレット』──暴力の連鎖を断つ、巨匠の到達点

公開当日、X(Twitter)では酷評が相次いだ細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』。だが、この映画が描き出したものは、かつての細田作品を遥かに超えた、圧倒的な映像体験と思想的深度を持つ作品だった。シェイクスピアの『ハムレット』やダンテの『…

紀里谷和明を「観る」のではない、「浴びる」のだ。――なぜ今、『GOEMON』と『世界の終わりから』が私たちに突き刺さるのか

宇多田ヒカルの元夫・紀里谷和明。彼は嫌われていた。業界に、世間に。 しかし彼の作品そのものは、観るに値する部分があった。彼が『世界の終わりから』で描いたAIとの対話。そして世界の終わり。 彼のキャリアを振り返る上で、どうしても素通りできない二…

『ズートピア』再訪 ― 続編公開前に見つめ直す、多様性とバディの物語構造

12月に『ズートピア2』が公開される。この機会に、2016年に公開された前作『ズートピア』を改めて振り返っておきたい。なぜなら、この作品は単なる動物が擬人化されたディズニー映画ではなく、現代社会が直面する多様性・差別・共生という問題を、精緻に構築…

心に問いを残す、隠れた名作映画4選

なぜこれらの映画は「隠れた」のか 映画史には奇妙な逆説があります。最も深く心に残る作品が、必ずしも興行収入ランキングの上位に並ぶわけではない、という事実です。ここで紹介する4作品—『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『アイ・オリジンズ』…

川上未映子が描く「痛み」は、村上春樹の「喪失」とどう違うのか?『ヘヴン』と『すべて真夜中の恋人たち』が直視する「身体」と「体系」

「痛み」を直視する作家 現代日本文学において、川上未映子ほど、「痛み」そのものを真正面から描き出すことに誠実な作家がいるだろうか。 彼女の言葉は、オブラートに包まれた比喩や、心地よいロマンティシズムを潔(いさぎよ)しとしない。それは、私たち…